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蓬莱 の 宝 とは..

 投稿者:荒尾和史  投稿日:2009年12月 5日(土)20時15分57秒
返信・引用 編集済
   というわけで タイトルの異称や説としては

 夢枕獏氏の管理されているネット上の仮想世界
 東海王の島(史記)(中国版大河より)
 富士山熊野山(ヤッホー辞書より)
 熱田神宮(ヤッホー辞書より)
 台湾(ヤッホー辞書より)

 台湾で大きく顕彰されている日本人は 児玉源太郎さん含め 2人ぐらいなんだそうですが
 乃木神社が篤くうやまれている一方、児玉神社は 創建に必要な資金が日本ではほとんど集まらず
 台湾に頼ったところ あっという間に 必要な額がそろったんだとか。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=ほうらい&dtype=0&stype=2&dname=0na&pagenum=1&index=19681216871200

 

Re: 古代文字を解読したらwww//〜urlだった、て言うのはゼロでやってたな

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 5日(土)19時28分56秒
返信・引用
  > No.7443[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> 計測器の基準とする物差しは当然気候の変化にあっても伸び縮みしない素材なはずで、それは骨ではなかったのか、てどこかで聞いたような・・・

実は機構や季節によって変動しない物差しがあるんですよ。
それは正確に35cmではありませんが、「おおよ」そのくらいの長さのものです。
さて! それはなんでしょう?
 

「 夢枕獏氏 講演会」に 行ってきました

 投稿者:荒尾和史  投稿日:2009年12月 5日(土)18時24分8秒
返信・引用 編集済
   場所は 天王洲アイル に ある JAL WING HALL

 講演は海音寺潮五郎記念会主催 文化講演会でした

 講演の話題は 著作活動に関わる取材旅行等で観てきた いろいろな 四方山話

以下は芸術論
 ☆楊貴妃に関係する芸術作品を天野氏と
以下はサバイバル/バイオレンス系
 ☆熊にであったら.. 生き残るために、どうすべきか
  モンゴルでオフロードレースに参加していた日本人レーサー
  バイク故障後、リタイアを拒んだ後 行方不明に. その後 おそらく オオカミの仕業?

 作品を予定している題材は 今後 80までこつこつこなしても 書ききれないほど..とのこと
 (蓬莱宮は宝に満ちているというイメージでしょうか)

 他にも面白い話題が ありました(五体倒地等)が
 最後の質問では 「ピサロ、南米遺跡に日本刀?、アタワルパ、卜伝」周辺の話が出ていましたでしょうか

 インディージョーンズでは 兵馬俑が南米の遺跡に?な 話もあったような..
 今後とも 娯楽作品..期待してます。(「JAL 海音寺 エリア」で検索した結果も 娯楽作品の一つかも)

 陰陽師の話としては 「柳の葉を摘み、なげつけると “蛙”は、“ぺちゃんこ!”に潰れて死んでしまった」
 の部分をピックアップし説明されてました。

 私的な解釈は 「カエルは柳の葉を目指してジャンプ練習..日々繰り返し 見事 柳の葉をキャッチ ..しかして..
         葉が揺れて 放り投げられ、その先で人に踏まれ」
 バイオレンス..

http://www.digiadv.co.jp/baku/

 

古代文字を解読したらwww//〜urlだった、て言うのはゼロでやってたな

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年12月 5日(土)15時58分57秒
返信・引用
  柱とサークル
数年前にダ〜リンがひっかかっていたな
あっちこっち連れて行かれたっけ。。。
(当時は車があったので今よりはフットワークも軽かった)
あの頃の私はほとんど無関心で鼻ほじりながら付いてっただけだったけど
確か計測と天文学(時間や方位を測る)が古代から発達していたというようなことをしきりに言っていたような・・・

計測器の基準とする物差しは当然気候の変化にあっても伸び縮みしない素材なはずで、それは骨ではなかったのか、てどこかで聞いたような・・・

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

鉄が空に浮くわけがない

 投稿者:荒尾和史  投稿日:2009年12月 5日(土)11時12分43秒
返信・引用 編集済
   こんなことを もっともなように語られる方が おられるとか(歳伝説)
(えlっ、さすがに そのような常識を子供の頃習った方は少なくなったのではって?)の一方

 鉄が水に浮く?という話は 鉄甲船(九鬼水軍)の時代を軸に 日本史の教科書でも話題になるような話かも知れません。

 それにくらべ 木は水に浮きます。はい
 では 草薙の剣は 水に沈んだ?浮いた?のでしょうか..
 先日は チンセツ(沈設) を あげさせてもらいましたが

 本当は どうなのでしょうか
 宮本(ヤクルトの内野手ではありません)vs 佐々木(浜の大魔神ではありません)では 船の(削った)櫂が 業物の代用として 使われたということですが
あの写真の用な感じなのでしょうか

脱線
 年末 は 勝手にシンドバットの話題もちらほら
「江ノ島が見えてきたぁ〜 俺の家も近い♪」
 江ノ島には 児玉神社があります。

http://5.pro.tok2.com/~tetsuyosie/kanagawa/fujisawasi/kodama/kodama.html

 

写真で見る柱 寺地遺跡

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 5日(土)07時32分8秒
返信・引用
  新潟県青海町大字寺地字寺地 の寺地遺跡

町の一角の小さな公園のような箇所が寺地遺跡跡公園。
ここは明らかに吉野ヶ里と同様にストーンサークルとシンボルタワーのような
柱が建っております。 タワーとサークルが一対の感がありますが、
何のために使ったのでしょうか?
 

写真で見る柱 藤橋

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 5日(土)07時27分46秒
返信・引用 編集済
  場所変わって以前地震で被害があった新潟県長岡市。
ここに藤橋遺跡という縄文晩期の遺跡があります。先日書き込みがありました
弥生期になってきますと太平洋側を中心とした「貝の道」が確立しますが
どうやら縄文期は日本海側を中心とした「柱のルート」が存在します。

藤橋遺跡を見てみますと、いつもの縄文遺跡とは異なり柱を立てた高床式住居
そして火焔土器が見られるようになります。
 

柱といえば 船

 投稿者:荒尾和史  投稿日:2009年12月 4日(金)22時32分7秒
返信・引用
   計画的に木を配置し(組み立てる)という作業は、家(神殿)作りと船作り
 どちらにしても シンボル的な作業だと考えます。
 明らかに 規格らしきものが 感じられるというところが あれば 調査してみたいという
 動機になると考えます。
 古代の 木を使った 建設物として、一番有名なものは ノアの方舟 だと思います。

 コロンブスは まさに ノアの方舟を そのまま 実践した方だと 習いまして、その心がけは
「コロンブスの卵」に集約されるみたいですね

 コロンブスの イタリア名は 「コロンボ」=クリストーフォロ・コロンボ
 国としてのコロンビアは 全世界のエメラルドの80%が ここで 採れる
 ということで「エルドラド」は ここを意味するわけです。

 コロンビア大学 や スペースシャトルのコロンビア、はたまた プレコロンビア文明 なども
「コロンボ」にちなんでの 命名なんだそうですが

 さて、 トレンチコートの男が「うちのカミさんがね」.. と まとわりついて

>三内土器が南米でも確認されています。

 土器が (儀式的に)海に浮かべて まとめてすてられた可能性 から 考えるべきか..
 作れる人が流れ着いたのか
 土器に興味を持った鳥が持っていく(ウイルス菌などの遠隔伝搬の犯人説でおなじみ)わけないし

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090128-945694/news/20090207-OYT1T00489.htm

 

写真で見る柱 三内丸山

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 4日(金)19時53分54秒
返信・引用
  恐山の帰りに寄ってみた青森県三内丸山遺跡。
ウィキ解説では次のようです。

『三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)は青森県青森市の郊外で発見された縄文時代前期中頃から中期末葉(約5500年前-4000年前)の大規模集落跡。所在地は青森市大字三内字丸山で、沖館川右岸の河岸段丘上に立地する。2000年に国の特別史跡に指定。遺跡跡には住居群、倉庫群のほか、シンボル的な3層の掘立柱建物が再現されており、資料館もある。2009年8月現在、青森県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡保存活用推進室が発掘調査を行っている。』

最近のDNAによる調査では発掘された植物系食料のDNAが一致して周辺で栽培をしていたことが判明、さらに三内土器が南米でも確認されています。

ここで目を引くのが6本の柱で出来たタワーであります。
闇の日本史はそのときのこんなポイントを解説しております。

『それは「穴の空いた間隔」にあるのだ。
その間隔は三内丸山では正確に、4.2m=420cm
それはほとんどが「35の倍数」だったのである。三内丸山のボランティアガイドさんは、次のように説明している。
「縄文期に物差しがあったのではないか」
それはきっちり「35cmの定規」だったのではないだろうか。』

さらには、この柱の建てられている方位は下記を示しています。
これは吉野ヶ里遺跡のAブロックにやはり天文軌道に関係する建屋が設けられているという事実もあります。
    夏至の日没       春分秋分の日出
       ↑       /
      1○・・・・・・○2
     北 ・      ・
      \・      ・
       ・      ・
       ・      ・
       ・      ・
      3○・・・・・・○4
     北 ・      ・\
      \・      ・ 南
       ・      ・
       ・ 70cm   ・
       ・ >--<   ・
      5○・・・・・・○6
      /        \
  春分秋分日没      ↓ 南
              冬至の日没

学者は権威のシンボリックだと解説するが果たして、そうなのでしょうか。
 

写真で見る柱 吉野ヶ里

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 4日(金)06時39分3秒
返信・引用 編集済
  48時間 魏志倭人伝の旅と題して以前強行出発したのは佐賀県。
この写真は、その吉野ヶ里遺跡の端にあるAゾーンの墓ブロックに建てられて
いる柱です。 高くそびえるこの柱、何のために?
 

年の瀬

 投稿者:荒尾和史  投稿日:2009年12月 3日(木)12時47分14秒
返信・引用
   大分おしせまり

 恒例の南米の不思議 も 来年頭は マヤの神官さんのお言葉とか..

 黄金の三角翼(デルタ) は 実は プレコという鯰 だった 説 に 匹敵する 陳説を 期待(*^^*)
 日本では 江戸の時代より 鯰が 地震の現況 とは言われてますが..

 その線で マヤと江戸の信仰の 関連性などを 民俗学的に..

 げふんげふん
 

Re: ムービー化計画

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年12月 3日(木)10時47分15秒
返信・引用
  > No.7433[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。

> 実は地区によって雰囲気というのは全然違いますので、いろいろな箇所を見て

花祭りで村人が大事にしてきたお祭りってのがどういうものかを実感して、
これまであまり焦点をあてていなかった地元大山祇神社のお祭りも気になってきました。
獅子舞、天狗の舞、稚児の舞、、、
大山祇神社も元は社宮司ですしね。
いろいろ手詰まりだったバラバラの情報がなんとなく繋がってきています。

未だ柳田ワールドをうろうろしてますが。(深すぎるっちゅーねん。)

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

Re: ムービー化計画

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 2日(水)19時27分52秒
返信・引用
  > No.7431[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> はい!また行きたい。
やっぱ行ったとおりでしょ。
実は地区によって雰囲気というのは全然違いますので、いろいろな箇所を見て
もらいたいのは、やまやまですが何分にも古戸の花祭りでスピンして接触事故したので
お正月(古戸)は行っておりませんが、来年は足込や前泊で早朝から小林・御園の
はしご感染でご覧になると面白いかも。 またお誘いいたします。

南信濃の霜月祭りもなかなかですよ。
ここのリズムは独特で黒澤明「七人の侍」のようですよ。
 

Re: 写真の人

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 2日(水)19時17分51秒
返信・引用
  > No.7429[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> 闇の日本史@竹内さんへのお返事です。
>
> > > カメラで盛んに撮っておられた方は芳賀日出男さんです。
>
> えーっと、頭悪いのかちょっと混乱してます。
> 確認させてください。
こんなさせてすいません。 ちゃんとメモしておけばよかったです。

> 竹内さんの写真の方、杖をついている髪が長めの方が芳賀日出男さんで、折口学継承する写真家であり、東栄町出身である。
最初の方はOKですが、東栄町の出身ではなく満州です。

> 村崎の言うお爺、小柄な印象で五平餅や缶ビールを片手にほとんど舞庭にいて、舞手と一緒に手足を動かし舞をトレースしている方のことじゃなくて、ですよね?
そうそう! 白黒写真お方はこの地区の出身の方です。
現在は別のところにお住まいです。
 

Re: ムービー化計画

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年12月 2日(水)15時31分19秒
返信・引用
  > No.7426[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。

> さて! 花祭りから少々時間がたちましたが、どんな感じでしょうか?

>  「また来たくなるから」

はい!また行きたい。
別の地区のお祭りも観てみたい。
写真や動画も残したい。
裏方さんや事前準備も追いかけたい。
お爺も追いかけたい。

単純に熱気にあてられてあの雰囲気をもう一度味わいたい、
それも観覧ではなく、参加したい、みたいな羨望もあります。

元のマイテーマである地元鳥羽の民間信仰をべースとした風習ともシンクロさせながら、
毎年行けばいずれについてもその理解が年ごとに深まっていくだろうそのプロセスを
めっちゃ楽しみたい。

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

Re: 隼人と鵜飼

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年12月 2日(水)15時24分23秒
返信・引用
  > No.7424[元記事へ]

nickさんへのお返事です。

> 「海鵜」は渡り鳥で、春と秋に僅か40羽程
> 捕獲できるそうです。

渡り鳥を捕獲して亀を食わして漁をさせる・・・
なんか、強引だな・・・

以前テレビで観ましたが、中国のどこかで行われている鵜飼では
鵜さんは自分が飲み込むこことができないとんでもなく大きなさかなをくわえてきて鵜飼さんに差し出す。
魚くんのお腹をくわえ、船の袂で「ハイ」と魚くんを差し出すように首を伸ばす。
鵜さんが自分の餌をとる習性とは関係ないじゃん!とか思ったモンですわ。
また首に縄は着いていなくて、鵜飼さんの船に乗って漁場につくと魚くんを獲りに行く。

鵜って不思議な鳥だな・・・
渡り鳥のくせに飼われていたり、放牧の羊よりも従順に鵜飼さんと暮らしていたり・・・

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

Re: 写真の人

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年12月 2日(水)15時12分38秒
返信・引用
  > No.7423[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。

> > カメラで盛んに撮っておられた方は芳賀日出男さんです。

えーっと、頭悪いのかちょっと混乱してます。
確認させてください。

竹内さんの写真の方、杖をついている髪が長めの方が芳賀日出男さんで、折口学継承する写真家であり、東栄町出身である。

ですよね?
村崎の言うお爺、小柄な印象で五平餅や缶ビールを片手にほとんど舞庭にいて、舞手と一緒に手足を動かし舞をトレースしている方のことじゃなくて、ですよね?

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

訂正

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 1日(火)19時51分26秒
返信・引用
  やはり大分酔っていたのか、全くの聞き間違い。
kawagさんが言われるように芳賀日出男さんでした。
すいません! すぐにメモしておけばよかったです。

http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766415001/
 

Re: 写真の方は

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 1日(火)19時02分11秒
返信・引用
  > No.7425[元記事へ]

kawagさんへのお返事です。

> 芳賀日出男さんです。「花祭」という写真集が有名です。
> http://hagafoto.jp/

了解しました!  ありがとうございます。
てっきりこの方がそうかと思っておりましたが、別人でしたか。
失礼しました。
 

Re: ムービー化計画

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 1日(火)18時58分36秒
返信・引用 編集済
  > No.7418[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> 来年はお爺の追っかけに行きたい・・・
さて! 花祭りから少々時間がたちましたが、どんな感じでしょうか?
車中お話しましたように、帰り際は

 「こんな寒いところなんぞ、もう二度来るか」

と、思っていても時間が経つにつれて、なんとなく思い出のように蘇ってきて
また来たくなりませんか?

例の折口さんのことを教えてくれた方は、ほんと最初だけ見えて以降は見えませんが
それでも、また来て写真を撮りたくなる。 斎藤先生にネット中継のことをお知らせ
しましたら、朝PCの電源が入ったままだったそうです。

この魅力を一口に説明することは出来ませんが、あえて言うなら。

 「また来たくなるから」

でしょうか。  村崎さんはどうでしたか?
 

写真の方は

 投稿者:kawag  投稿日:2009年12月 1日(火)18時52分53秒
返信・引用
  芳賀日出男さんです。「花祭」という写真集が有名です。
http://hagafoto.jp/
 

Re: 隼人と鵜飼

 投稿者:nick  投稿日:2009年12月 1日(火)18時48分6秒
返信・引用
  > No.7417[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> 鵜さんや亀さんのおかげで生かされている人達、みたいなことかな

ところで「鵜」はどこにいるのでしょう。。

今朝、テレビで「鵜の捕獲地」の
紹介があった。(スカパー日テレ)

鵜飼を観光として見せている場所は
全国に11箇所あるそうです。

なんと鵜飼の「鵜」は「海鵜」を
捕獲して利用しているとか。

その捕獲地が日立市の伊師浜海岸の近くに
あるそうです。

「海鵜」は渡り鳥で、春と秋に僅か40羽程
捕獲できるそうです。

グッドタイミングでした。

http://hayato.com/

 

Re: 写真の人

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 1日(火)18時28分48秒
返信・引用 編集済
  > No.7421[元記事へ]

kawagさんへのお返事です。

> カメラで盛んに撮っておられた方は芳賀日出男さんです。
> 舞の神のような方は地区出身の方です。舞いの式を知っているので良い感じです。
>
> 「神楽と出会う本」を10月に出版された三上敏視さんもみえておりました。
> 「隠れ里の祭り」の山?さんもいらっしゃいました。
> (?は崎の大が立:なぜか表示されません)

ところでその方たちより私の写真の方のお名前判りますか?
「おりぐち はじめ」さんだとお聞きしたのですが、少々お酒も入っていたので
間違いかも。 不明だったらどうしても知りたいので今度聞いてください。

ちなみにこの方東栄花祭りに重要な一石を投じた方のようですよ。
 

Re: ムービー化計画

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 1日(火)18時26分4秒
返信・引用
  > No.7420[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> えーっ一緒にご飯食べたんだぁ
> 自分らばっかりぃ。。。
> て私寝てたか..徹夜明けだったからあの熱気の中で爆睡っつあ。
>
> お爺、どういう方なのかご存じですか?

やっぱ更新旺盛な荒尾さんが地元の方が食事している処へ つかつか!と歩み寄ると
「まあ食事していって」ということで私も便乗しました。 私としてはこの食事
Very Good!で、 白菜も良い風に漬かってて、どんぶり飯がすぐいけちゃいました。
次回は夕飯も朝食もどうぞ!

たまたま隣のおばちゃんと写真の方が隣で、おばちゃんが根掘り葉掘り聞いていました。
その話によると出身が東栄町なのですが、現在は別のところにお住まいだとか。
まるで、この間のドラマのようなストーリーでビックリ!
 

写真の人

 投稿者:kawag  投稿日:2009年12月 1日(火)10時57分3秒
返信・引用 編集済
  カラー画像の人
カメラで盛んに撮っておられた方は写真家の芳賀日出男さんです。
白黒画像の右の人
舞の神のような方は地区出身の方だそうです。舞いの式を知っているので良い感じです。

「神楽と出会う本」を10月に出版された三上敏視さんもみえておりました。
「隠れ里の祭り」の山?さんもいらっしゃいました。
(?は崎の大が立:なぜか表示されません)
 

Re: ムービー化計画

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年12月 1日(火)07時59分20秒
返信・引用
  > No.7419[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。

> 写真の右の方にみえる方ですか?
> もしこの人だったら、私と荒尾さんとで朝食をとっているときに隣にいました。

そうです!そうです!この方です!!
まず間違いないと思います。

えーっ一緒にご飯食べたんだぁ
自分らばっかりぃ。。。
て私寝てたか..徹夜明けだったからあの熱気の中で爆睡っつあ。

お爺、どういう方なのかご存じですか?

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

Re: ムービー化計画

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 1日(火)06時31分39秒
返信・引用 編集済
  > No.7418[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> なるです。
> お爺とは別の方ですね。
>
> やっぱお爺は村の古老だ。
> 祭りの生き字引だ。

写真の右の方にみえる方ですか?
もしこの人だったら、私と荒尾さんとで朝食をとっているときに隣にいました。
 

Re: ムービー化計画

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年12月 1日(火)06時14分47秒
返信・引用
  > No.7413[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。

> 折口さんですよね。 失礼しました。  私が言っているのはピンボケ写真しか
> ありませんが、この方です。

なるです。
お爺とは別の方ですね。

やっぱお爺は村の古老だ。
祭りの生き字引だ。

来年はお爺の追っかけに行きたい・・・

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

Re: 隼人と鵜飼

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年12月 1日(火)06時13分1秒
返信・引用
  > No.7410[元記事へ]

nickさんへのお返事です。

> > 『万劫年経る亀殺し』

> 亀の肉を鵜の餌にしていたと
> 平家物語の第六巻「祇園女御」に出てきます。

なぁる。
そこをわざわざ詩に詠み込むってのはなんか含みがあんでしょうかね。
考えすぎ?

鵜さんや亀さんのおかげで生かされている人達、みたいなことかな

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

偏見かもしれませんが

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月30日(月)19時56分9秒
返信・引用 編集済
  偏見の塊で公平な判断ではないかもしれませんが、昨日内藤VS亀田戦をTVで観て
疑問が。 顔面に有効打を受けて晴れ上がっていた内藤に対し、左手をぐりぐり
させながらおどける亀田。 終始防御の亀田に何の面白みも無い。
一方終始飛び跳ね、連打するファイトを浴びせる内藤に対してポイントが
無いという判定には甚だ疑問でありました。

喧嘩じゃないのだから、ダメージを少なくスタミナ消耗を抑え、有効打を放つ
亀田の合理性は認められるが、決め手にかけるエンターテイメントとしての
判定は、やはり「国民的 ボクサー」 内藤のファイトに賞賛でした。


時々風呂屋で 薬師寺さんに会うので勇気を奮って、どう思ったか聞いてみようかな。
 

以上は、新着順1番目から30番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  |  《前のページ |  次のページ》 
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