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写真の方は

 投稿者:kawag  投稿日:2009年12月 1日(火)18時52分53秒
返信・引用
  芳賀日出男さんです。「花祭」という写真集が有名です。
http://hagafoto.jp/
 

Re: 隼人と鵜飼

 投稿者:nick  投稿日:2009年12月 1日(火)18時48分6秒
返信・引用
  > No.7417[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> 鵜さんや亀さんのおかげで生かされている人達、みたいなことかな

ところで「鵜」はどこにいるのでしょう。。

今朝、テレビで「鵜の捕獲地」の
紹介があった。(スカパー日テレ)

鵜飼を観光として見せている場所は
全国に11箇所あるそうです。

なんと鵜飼の「鵜」は「海鵜」を
捕獲して利用しているとか。

その捕獲地が日立市の伊師浜海岸の近くに
あるそうです。

「海鵜」は渡り鳥で、春と秋に僅か40羽程
捕獲できるそうです。

グッドタイミングでした。

http://hayato.com/

 

Re: 写真の人

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 1日(火)18時28分48秒
返信・引用 編集済
  > No.7421[元記事へ]

kawagさんへのお返事です。

> カメラで盛んに撮っておられた方は芳賀日出男さんです。
> 舞の神のような方は地区出身の方です。舞いの式を知っているので良い感じです。
>
> 「神楽と出会う本」を10月に出版された三上敏視さんもみえておりました。
> 「隠れ里の祭り」の山?さんもいらっしゃいました。
> (?は崎の大が立:なぜか表示されません)

ところでその方たちより私の写真の方のお名前判りますか?
「おりぐち はじめ」さんだとお聞きしたのですが、少々お酒も入っていたので
間違いかも。 不明だったらどうしても知りたいので今度聞いてください。

ちなみにこの方東栄花祭りに重要な一石を投じた方のようですよ。
 

Re: ムービー化計画

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 1日(火)18時26分4秒
返信・引用
  > No.7420[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> えーっ一緒にご飯食べたんだぁ
> 自分らばっかりぃ。。。
> て私寝てたか..徹夜明けだったからあの熱気の中で爆睡っつあ。
>
> お爺、どういう方なのかご存じですか?

やっぱ更新旺盛な荒尾さんが地元の方が食事している処へ つかつか!と歩み寄ると
「まあ食事していって」ということで私も便乗しました。 私としてはこの食事
Very Good!で、 白菜も良い風に漬かってて、どんぶり飯がすぐいけちゃいました。
次回は夕飯も朝食もどうぞ!

たまたま隣のおばちゃんと写真の方が隣で、おばちゃんが根掘り葉掘り聞いていました。
その話によると出身が東栄町なのですが、現在は別のところにお住まいだとか。
まるで、この間のドラマのようなストーリーでビックリ!
 

写真の人

 投稿者:kawag  投稿日:2009年12月 1日(火)10時57分3秒
返信・引用 編集済
  カラー画像の人
カメラで盛んに撮っておられた方は写真家の芳賀日出男さんです。
白黒画像の右の人
舞の神のような方は地区出身の方だそうです。舞いの式を知っているので良い感じです。

「神楽と出会う本」を10月に出版された三上敏視さんもみえておりました。
「隠れ里の祭り」の山?さんもいらっしゃいました。
(?は崎の大が立:なぜか表示されません)
 

Re: ムービー化計画

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年12月 1日(火)07時59分20秒
返信・引用
  > No.7419[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。

> 写真の右の方にみえる方ですか?
> もしこの人だったら、私と荒尾さんとで朝食をとっているときに隣にいました。

そうです!そうです!この方です!!
まず間違いないと思います。

えーっ一緒にご飯食べたんだぁ
自分らばっかりぃ。。。
て私寝てたか..徹夜明けだったからあの熱気の中で爆睡っつあ。

お爺、どういう方なのかご存じですか?

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

Re: ムービー化計画

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年12月 1日(火)06時31分39秒
返信・引用 編集済
  > No.7418[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> なるです。
> お爺とは別の方ですね。
>
> やっぱお爺は村の古老だ。
> 祭りの生き字引だ。

写真の右の方にみえる方ですか?
もしこの人だったら、私と荒尾さんとで朝食をとっているときに隣にいました。
 

Re: ムービー化計画

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年12月 1日(火)06時14分47秒
返信・引用
  > No.7413[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。

> 折口さんですよね。 失礼しました。  私が言っているのはピンボケ写真しか
> ありませんが、この方です。

なるです。
お爺とは別の方ですね。

やっぱお爺は村の古老だ。
祭りの生き字引だ。

来年はお爺の追っかけに行きたい・・・

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

Re: 隼人と鵜飼

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年12月 1日(火)06時13分1秒
返信・引用
  > No.7410[元記事へ]

nickさんへのお返事です。

> > 『万劫年経る亀殺し』

> 亀の肉を鵜の餌にしていたと
> 平家物語の第六巻「祇園女御」に出てきます。

なぁる。
そこをわざわざ詩に詠み込むってのはなんか含みがあんでしょうかね。
考えすぎ?

鵜さんや亀さんのおかげで生かされている人達、みたいなことかな

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

偏見かもしれませんが

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月30日(月)19時56分9秒
返信・引用 編集済
  偏見の塊で公平な判断ではないかもしれませんが、昨日内藤VS亀田戦をTVで観て
疑問が。 顔面に有効打を受けて晴れ上がっていた内藤に対し、左手をぐりぐり
させながらおどける亀田。 終始防御の亀田に何の面白みも無い。
一方終始飛び跳ね、連打するファイトを浴びせる内藤に対してポイントが
無いという判定には甚だ疑問でありました。

喧嘩じゃないのだから、ダメージを少なくスタミナ消耗を抑え、有効打を放つ
亀田の合理性は認められるが、決め手にかけるエンターテイメントとしての
判定は、やはり「国民的 ボクサー」 内藤のファイトに賞賛でした。


時々風呂屋で 薬師寺さんに会うので勇気を奮って、どう思ったか聞いてみようかな。
 

Re: 隼人と鵜飼

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月30日(月)19時32分4秒
返信・引用
  > No.7407[元記事へ]

とみたさんへのお返事です。

> 日本では奈良県の五条は紀ノ川から吉野川に繋がる場所です。
> 阿多がありますね。阿多は南薩摩の吾田でしょう。
> 阿多の鵜飼の民が、宇陀で神武東征軍にサポートします。

確か奈良五条市にも「阿多」がありましたね。
ネットで調べてみるとこんなにありますよ。
http://www.izu.biz/pro-tecs/ata_zenkoku.htm

中でも注目は「熱海の海底遺跡保存会」。 確か うちの掲示板に来られた方ですよね。
http://www.izu.co.jp/~pro-tecs/kaitei-iseki1.htm

阿多は鵜飼の祖。面白くなってきましたね。

山口県土居が浜遺跡 レプリカ「鵜を抱く女」 添付します。
 

Re: ムービー化計画

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月30日(月)19時08分28秒
返信・引用
  > No.7409[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> てか。。。このお爺、もしかして竹内さんのおっしゃってた折口一人氏?
すいません、 どうも「折口一人氏」と書きましたが、「はじめ」さんと聞いたので
ネット調べたら出てきたので掲示板に書きましたが、「折口一人」ってコムスンの
折口さんですよね。 失礼しました。  私が言っているのはピンボケ写真しか
ありませんが、この方です。
 

Re: 名前だけなら大丈夫でしょう…(^_^)v

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月30日(月)18時58分1秒
返信・引用 編集済
  > No.7406[元記事へ]

吉祥姫さんへのお返事です。

> 動画投稿でも単に名前だけなら大丈夫でしょう…
> 具体的な連絡先などが無いと悪戯も発展しないでしょうから、まずは良しとしましょうか…
> 私自身はこんな体制ですが、あまいでしょうか…
> ご意見があったら教えてくださいませ…m(_ _)m

以外に名前が入ると、結構やってくるんですよ。
だからYouTubeでHP名はありますが名前が出ている人っていないことないですか?
少なくとも私の場合以前はフルネームで「本名表示」でしたから蛇の道は蛇なんですよ。
日にスパムが200を越えるとやり切れなくなります。

今は特定メールしか受け付けておりませんが、それでも遣って来るのも困りものです。
 

Re: 隼人と鵜飼

 投稿者:nick  投稿日:2009年11月30日(月)17時48分45秒
返信・引用
  > No.7407[元記事へ]

とみたさんへのお返事です。

> これは隼人かどうか???
> 海部と関係が深い綿津見神と隼人は関係がありましようか?

彦火火出見尊の后「豊玉姫」の父君が豊玉彦尊
で、別名「綿津見神之尊」です。

大分に「承興神社(りょうご)」がありますが
これは、なんと鹿児島神宮からの勧請社です。
普通、逆のことが多いのです。
昔、大隅正八幡宮は、宇佐の傘下で九州六宮の一社でしたから、、
どうして大分に勧請社があるのか、、、どうも好く判りません。

承興は湖南省にあるようです。
案外、この辺りに、徐福との繋がりが匂いますが。。

http://hayato.com/

 

Re: 隼人と鵜飼

 投稿者:nick  投稿日:2009年11月30日(月)17時28分49秒
返信・引用
  > No.7408[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> > その一遍上人の歌にこのような一行がある。
> >
> > 「鵜飼はいとほしや 万劫年経る亀殺し
> > また鵜の首を結ひ 現世は かくてもありぬべし
> > 後生わが身をいかにせん」
>
> 『万劫年経る亀殺し』
> なんで亀殺し?
> カメさん占い?

亀の肉を鵜の餌にしていたと
平家物語の第六巻「祇園女御」に出てきます。

実際、魚を餌にしたんでは、全部食べられてしまう。
ヤングの頃は、好くすっぽんや水鳥(蛙)を
食べていましたっけ。

http://hayato.com/

 

Re: ムービー化計画

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年11月30日(月)15時00分8秒
返信・引用
  > No.7393[元記事へ]

荒尾和史さんへのお返事です。


>  なお、下記で 使用されている楽曲は imovie で 初期に用意されているものです。

お爺だ!お爺!
あっここも!そっちにも!


てか。。。このお爺、もしかして竹内さんのおっしゃってた折口一人氏?

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

Re: 隼人と鵜飼

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年11月30日(月)14時37分59秒
返信・引用
  > No.7400[元記事へ]

nickさんへのお返事です。

> その一遍上人の歌にこのような一行がある。
>
> 「鵜飼はいとほしや 万劫年経る亀殺し
> また鵜の首を結ひ 現世は かくてもありぬべし
> 後生わが身をいかにせん」

『万劫年経る亀殺し』
なんで亀殺し?
カメさん占い?

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

Re: 隼人と鵜飼

 投稿者:とみた  投稿日:2009年11月30日(月)12時26分36秒
返信・引用
  > No.7403[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへ、nickさんへのお返事です。

> nickさんへのお返事です。
>
>
> > 名古屋近辺は、鵜飼でも、「隼人」とは繋がりがある訳で。
> なるほど! これもまた面白い話題ですねぇ。
> 先ほどネットでちらちらと調べて見ますと、この鵜飼という方々も「海人」とも
> 関係があるようで。 山口の土井が浜で発見された多数の人骨の中に鵜を抱いた女性
> のものが見つかっており、「鵜」が神聖なものであったようで、このつながり気になります

記憶だけですが・・・・・

鵜飼は長江の上・中流の蜀と巴国でも古代は盛んであったようです。

雲南省でも、鵜飼が行われていました。

日本では奈良県の五条は紀ノ川から吉野川に繋がる場所です。

阿多がありますね。阿多は南薩摩の吾田でしょう。

阿多の鵜飼の民が、宇陀で神武東征軍にサポートします。

吉野川の上流と宇陀は繋がり、磐余にでます。

鳥見山があり桜井茶臼山古墳が近くです。

淀川にも古代は鵜飼がされていました。上流の桂川でも鵜飼はされていますね。

淀川の高槻・茨木の今城塚古墳は継体天皇陵ですが土器に鵜が描かれています。

馬飼部だけでなく鵜飼部もいたでしょう。

木津川の京田辺・大住には大隈隼人が住んでいました。

名古屋も伊勢湾が入り込んで海の民がいたでしょう。海部総理の膝元で海部の地名がありますね。竹内さんの本場です。

日本海の宮津の籠神社は海部・尾張族と関係がありそうです。

これは隼人かどうか???
海部と関係が深い綿津見神と隼人は関係がありましようか?
 

名前だけなら大丈夫でしょう…(^_^)v

 投稿者:吉祥姫  投稿日:2009年11月30日(月)07時32分37秒
返信・引用
  動画投稿でも単に名前だけなら大丈夫でしょう…
具体的な連絡先などが無いと悪戯も発展しないでしょうから、まずは良しとしましょうか…
私自身はこんな体制ですが、あまいでしょうか…
ご意見があったら教えてくださいませ…m(_ _)m
 

Re: Youtube 非公開 の件 と 世間話

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月30日(月)05時51分5秒
返信・引用 編集済
  > No.7401[元記事へ]

荒尾和史さんへのお返事です。

>  竹内様
>
>  ご指南ありがとうございます。 編集で確認したところ  非公開(25人まで閲覧できるという)という設定でしたので 公開に切り替えました。

先ほど画面は意見しました。 一応吉祥姫さんへの掲載確認を書きました。
内容は大変よく出来てて驚きました。


ただYouTubeへの名前記載は嫌がらせメールや掲示板アラシ等がしこたまやってくるので
差し控えていただけませんか。 よろしくお願いいたします。
 

確認

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月30日(月)05時49分34秒
返信・引用
  >吉祥姫さん
先に登場した花祭り動画の中で吉祥姫さんの曲が使用されておりますが
問題ないでしょうか。 YouTubeでの公開画像にはお名前も書いて御座いますが。 一応確認までご連絡いたしました。
 

Re: 隼人と鵜飼

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月30日(月)05時47分46秒
返信・引用
  > No.7400[元記事へ]

nickさんへのお返事です。


> 名古屋近辺は、鵜飼でも、「隼人」とは繋がりがある訳で。
なるほど! これもまた面白い話題ですねぇ。
先ほどネットでちらちらと調べて見ますと、この鵜飼という方々も「海人」とも
関係があるようで。 山口の土井が浜で発見された多数の人骨の中に鵜を抱いた女性
のものが見つかっており、「鵜」が神聖なものであったようで、このつながり気になります
 

「デルタ」は存在するのか

 投稿者:荒尾和史  投稿日:2009年11月29日(日)21時24分48秒
返信・引用 編集済
   アメリカ軍によれば

 そのような組織は 公式には存在してないそうです。

 とはいえ、映画やドラマではよく出るんだそうですが..

 高橋先生は もしかして その辺の事情は ご存知なのでしょうか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/デルタフォース

 

Youtube 非公開 の件 と 世間話

 投稿者:荒尾和史  投稿日:2009年11月29日(日)21時17分5秒
返信・引用 編集済
   竹内様

 ご指南ありがとうございます。 編集で確認したところ  非公開(25人まで閲覧できるという)という設定でしたので 公開に切り替えました。

 とこの話は、ここまで

 本日、斉藤先生の掲示板を閲覧したところ 東京 大手町で アマテラスをテーマにした 講演会との こと
 大手町1−1−2? アメリカ陸軍を震え上がらせたといわれる場所の お隣ですか(。。

 ちなみに うちの周辺地区の旧名も 神明町です。問題なければ 謹んで お伺い したく思います。

 ちなみに 本日は 10月にNPO法人に なりました ラムサールネットワークJの理事会に参加しておりました。
 下記 リンク先のHPから確認できる 事務所の住所は うちの会社であります。

 さて、ここの場で たまに イリヤッド(世界的考古学をテーマにした読み物)の話題を出しておりましたが、
 確か あの話の 〆は 1994 世界遺産に登録された ドニャーナ国立公園.. ラムサール条約登録地です。
 ということをふまえ
 来年5月22日に東京で田植え(これも湿地の話)などの話題が出ている一方で、考古学の視野から
 湿地(三角州、デルタは4大文明の原点)をみませんか?という話題を 飲み会の席で
 説明しましたが わかってもらえたかどうかは うーん。

 「ヨーロッパ最大のシツゲン」 が アトランティスの卵.. ごにょごにょ ..

http://www.ramnet-j.org/

 

隼人と鵜飼

 投稿者:nick  投稿日:2009年11月29日(日)18時37分8秒
返信・引用 編集済
  踊り念仏で有名な時宗の一遍上人が居られます。
全国各地を遊行され、建治2年(1276)
当地の大隈正八幡宮にも参拝され
それから、正八幡宮は、時宗の聖地として賑わいます。

その上人がとりわけ信奉されたのが
当地の霧島山、そして六所権現に所縁の深い
「性空上人」でした。

性空上人の最後の庵となった播磨の「書写山」

「上人の仏法修行の霊徳、ことばもをよびがたし、
諸国遊行の思いでただ当山巡礼にあり」

と感激されている。

その一遍上人の歌にこのような一行がある。

「鵜飼はいとほしや 万劫年経る亀殺し
また鵜の首を結ひ 現世は かくてもありぬべし
後生わが身をいかにせん」

諸国遊行の中に弘安六年(1283)に
東海道から尾張に入り美濃・近江を遊行されて
いますから、、その頃の歌ではないでしょうか。

名古屋近辺は、鵜飼でも、「隼人」とは繋がりがある訳で。


☆鹿児島神宮
紅葉前線が今年は早いです。

http://hayato.com/

 

Re: 紅葉 真っ盛り

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月29日(日)13時58分41秒
返信・引用 編集済
  > No.7398[元記事へ]

nickさんへのお返事です。

> 京都で野暮用を数年やってまして
> 東京から毎回新幹線の往復と深夜に及ぶ処理で
> 癒しに出かけました。
> 当時は、参拝者もまばらで、、、
それ! 私も同感でわかります わかります!
京都の主要観光地区は人が並じゃないほどいて、しかも修学旅行生が多くて「観光」
という感じなんですが、奈良は主要地区もべらぼうに人がいるわけでもなく、結構
見ている人も静なんですよね。

本日帰宅時の寄り道で唐子鍵遺跡に行きましたが、写真を撮る人が3人いました。
レプリカではありますが、朝の遺跡というのは独特の癒しの空間です。
 

Re: 紅葉 真っ盛り

 投稿者:nick  投稿日:2009年11月29日(日)12時25分36秒
返信・引用
  > No.7396[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。


> そうですねぇ! ネットで調べたところによると、奈良公演・長谷寺・室生寺等が
> 奈良の紅葉スポットらしく結構な人手のようですよ。 今回は初めてということもあって
> 醍醐寺を選択してみました。

京都で野暮用を数年やってまして
東京から毎回新幹線の往復と深夜に及ぶ処理で
癒しに出かけました。
当時は、参拝者もまばらで、、、
長谷寺の回廊はいいですね。
帰郷して史跡探訪を始めた頃
ここが尼寺だったことをしり頷けました。

あれからもう25年にもなると云うのに。。
未だにお知らせを頂きますよ。

神社は、先日の「鹿児島神社」が
初めてでした。

そうそう、駅前には温泉もありますよ。
紅葉を愛でながら露天風呂も。

昨日も祭り見物でした、
今話題沸騰の、その名も「熊襲踊り」です。

紅葉は、仁徳天皇の后「髪長姫」の早水神社です。

http://hayato.com/

 

Re: ムービー化計画

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月29日(日)11時30分5秒
返信・引用
  > No.7393[元記事へ]

荒尾和史さんへのお返事です。

アップの動画拝見しました。 なんか凝ってる画像ですねぇ。
何かの形で拝見したいものです。

それと掲示板にアップしていただいた動画「非公開」になってますよ。
 

Re: 紅葉 真っ盛り

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月29日(日)11時28分24秒
返信・引用
  > No.7391[元記事へ]

とみたさんへのお返事です。

> 室生寺辺りも最高ではありませんか。
そうですねぇ! ネットで調べたところによると、奈良公演・長谷寺・室生寺等が
奈良の紅葉スポットらしく結構な人手のようですよ。 今回は初めてということもあって
醍醐寺を選択してみました。

本日はいつものように早く起きて、普段よりは遅いけれど唐子鍵へ寄ってみました。
お客さんが2人もみえましたよ。 朝は凄く寒くて薄っすらと靄(まや)がかかって
おりました。
 

Re: 共通の「道」

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年11月29日(日)07時47分21秒
返信・引用
  > No.7392[元記事へ]

とみたさんへのお返事です。

>  幼いときに死別して、墓も母の実家に移しましたので良く知らないんですよ。薄情です

すみません、知らぬ事とは言え不用意なことをお尋ねしてしまいました。
ご容赦ください。


> 今夏は奈良駅から昔の関西線沿いに伊賀上野ー柘植まで行きましたよ。

明治維新前後、後に士族を名乗るお家に、
上野の山奥に住む農家から養子をとっているんですよね。跡取りとして。
後に戦争になるとこの上野の山奥にその養子の子供が疎開するんですが、
お武家さんとおつきあいする山奥の農家って、どんなお家よ?て素朴に疑問です。
で、伊賀上野という土地柄とか、里の村じゃなくて山奥ってこととか、
ちょっとね、純粋に農耕民ではなかったんじゃないの、的妄想が沸き立っております。
(今、柳田ワールド徘徊してるし。)


> 伊勢神宮といえば、度会氏=外宮と荒木田氏=内宮の争いに興味があります。

地元と言っても伊勢の国と志摩の国は隣国。
田舎ですから村根性もきついし、以外と神宮のことは他人事です。
鳥羽志摩に神宮領がありながら、地元の信仰が天照大神か、っつーとそうでもない。
熊野修験に代表される自然信仰の流れをくむ信仰が浸透していたりするので
余計に探求心をそそられています。

渡会氏も高倉のお山を神宮に持ってかれちゃって、
隣国鳥羽とかに来るか、っつーと海の向こうの津島まで行っちゃうし。
(山超えないで海超えちゃうところがミソかも知れない)

ただ、鳥羽も九鬼嘉隆にこねくり回されるまでは社宮司や牛頭天皇社、八王子神社なんてのがお地蔵さんくらいにごろごろあったようです。

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

以上は、新着順21番目から50番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  |  《前のページ |  次のページ》 
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