仕事情報ネット    佐賀の求人・転職  
teacup. ] [ 無料掲示板 ] [ プレミアム掲示板 ] [ teacup.コミュニティ ] [ ブログ ] [ チャット ]

 投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助動画検索画像・ファイル<IMG><OBJECT>タグが利用可能です。(詳細)
    
  ファイル1
  ファイル2
  ファイル3
アップロード可能な形式(各1MB以内):
画像(gif,png,jpg,bmp) 音楽(mmf,mld) 動画(amc,3gp,3g2)

 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ teacup.>なんでもフリートーク ] [ 検索 ]

全255件の内、新着の記事から30件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  |  《前のページ |  次のページ》 

Re: 共通の「道」

 投稿者:とみた  投稿日:2009年11月27日(金)09時57分40秒
返信・引用
  > No.7379[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

>> 憶測の域を出ませんが、
> やはり白子は白い砂の海岸ってのが名前の由来として代表的な説だし、
> 海産物も「その手は桑名の焼きハマグリ」に近く、海女さんの活躍の場は少なそうです。
> 海女さんは鮑に代表される岩場にひそむ獲物を対象とした漁がほとんどだし。

村崎さん ありがとうございます。

竹内さんは、同郷の誼でいつも甘えています。私ごとでなんですが親父が三重県のでです

から東海三県とはなんとなく親近感があります。

白子の件は竹内さんと村樹さんの説を採用して眉唾として却下します。安曇、宗像、隼

人、住吉など海の民の比較がいつも難儀しています。海の民も外洋航海か、沿岸航海か、

水軍か潜水漁撈か貿易も兼ねるか。
 

Re: 共通の「道」 余談

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月27日(金)06時28分18秒
返信・引用
  > No.7381[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> アマ照らす日のカミよ。

少々余談で話題とは全く関係ありませんが、この表記から少々思い出したことがあります。
アマテラスは天照と書きますが、そのアマテラスになったつもりの人物がおりまして
その人物は死後、その地域の一番北に位置する場所の高台にお墓を作りました。
それで「ここは、東国のアマテラスの宮じゃ」といったのですが、ご存知でしょうか?

すいません! 判りますよね。

「東国のアマテラスの宮」

  「アズマ(東)テラス(照らす)の宮」→ 東照宮
 

Re: 共通の「道」

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年11月27日(金)05時36分17秒
返信・引用
  > No.7375[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。

> > オオツタノハ製貝輪
> > 見ようによっては天下の御旗のご紋章にもさも似たり・・・?
>
> 貝の実物はこんな感じで、目玉焼き風です。

あらら。お日様マークにもさも似たり?
アマ照らす日のカミよ。

あ゛あ゛あ゛
柳田ワールド徘徊中につき鳥懐的な視点が持てん。
もどかしいっちゃ

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

Re: 共通の「道」

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年11月27日(金)05時32分9秒
返信・引用
  > No.7373[元記事へ]

とみたさんへのお返事です。


> 三重県の伊勢湾海岸の白子は白水郎のことだという説があります。つまり海女さんとか潜水漁撈民の本拠です。正しいでしょうか。隼人は潜水漁撈民という説もあります。
>

憶測の域を出ませんが、
やはり白子は白い砂の海岸ってのが名前の由来として代表的な説だし、
海産物も「その手は桑名の焼きハマグリ」に近く、海女さんの活躍の場は少なそうです。
海女さんは鮑に代表される岩場にひそむ獲物を対象とした漁がほとんどだし。

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

Re: 共通の「道」

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月26日(木)21時08分41秒
返信・引用
  > No.7373[元記事へ]

とみたさんへのお返事です。


> 今年、愛知県平手町、名古屋市の庄内川沿いらしい。ここに日本一古い船形木棺が出ました。
行ったことあります! でもここは都会のど真ん中。
周囲を封鎖されて全く外界から隔離された形で行われております。
やがては病院になるとか。  北区にある朝風呂の行き道にあります。
 

Re: 共通の「道」

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月26日(木)20時05分6秒
返信・引用
  > No.7373[元記事へ]

とみたさんへのお返事です。

> ところでQQ。
>
> 三重県の伊勢湾海岸の白子は白水郎のことだという説があります。つまり海女さんとか潜水漁撈民の本拠です。正しいでしょうか。隼人は潜水漁撈民という説もあります。

知り合いが白子に数名住んでおりました。 神奈備サイトさんではそのような噂話が
聞かれるようですが、一般的には白子にある観音さんから来たという説で通っているよう
ですが、こんなことを書いているサイトも見えます。

 http://baba72885.exblog.jp/m2009-02-01/

『白子・三重県鈴鹿市白子(しろこ)、千葉県白子(しらこ)町は、明るい砂浜海岸に由来する地名で、各地の「白浜」地名とほぼ同じだ。・埼玉県和光市白子は、渡来人に由来する「新羅」が訛ったとされている。』

肯定する材料も否定する材料もありませんが。
 

Re: 宮崎県.本野原遺跡からの合成写真

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月26日(木)20時00分30秒
返信・引用
  > No.7372[元記事へ]

吉祥姫さんへのお返事です。

> 私(吉祥姫)が九州の現場を訪ねた折の際の写真に様々な遺跡の画像を合成したCG写真です。
> 宮崎にこのような高度文明があったのかもしれません。
> ※注意 この写真はあくまでも想像の写真です。
> 背景の山は実際の宮崎県の鰐塚山です

闇の日本史も以前こんな注釈を付けて掲載させていただきました。

仮に本当に祭壇が有るとすれば、どれほどの高さのものであったろうか?
では計算してみよう!
A’
| \      本野原(B)から鰐塚山の山頂から地表面に
|  \     垂直な線を降ろした地点(A)からの距離
|   \    直線A−Bは地図上では約6.5KM、
A=====B  鰐塚山の標高(直線A’−A)は1118mであるから、
  (1.118÷6.500)=tanθ

  θ=tan-1(1.118÷6.500) =9.759度

つまり本野原から鰐塚山の山頂は地上から約10度の位置に見えるということになる。今度は土抗列の全長は40mあるから、

  (X÷40)= tan(10)

   X = 40×tan(10) = 7m
仮に山頂と地上の中間点を目指すのであれば角度4.5度、地面からの高さ3.5mになるのである。
 

Re: 共通の「道」

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月26日(木)19時54分47秒
返信・引用
  > No.7371[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> 闇の日本史@竹内さんへのお返事です。
>
> > もちいられたオオツタノハ製貝輪の分布を示したものです。 青の領域が生息域
>
> オオツタノハ製貝輪
> 見ようによっては天下の御旗のご紋章にもさも似たり・・・?

貝の実物はこんな感じで、目玉焼き風です。
 

御旗

 投稿者:荒尾和史  投稿日:2009年11月26日(木)15時32分27秒
返信・引用 編集済
  > No.7371[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> 闇の日本史@竹内さんへのお返事です。
>
> > もちいられたオオツタノハ製貝輪の分布を示したものです。 青の領域が生息域
>
> オオツタノハ製貝輪
> 見ようによっては天下の御旗のご紋章にもさも似たり・・・?

 私の説は

 西木.. 縦書きだと「栗」

 栗の木にナっている票..ではなく 栗..

 収穫して 栗の山

 でも栗の イガ(なにから身を守るために進化したのかな..ハリネズミと同じ趣旨なのだらうか)
 あたりに

http://www.baikodo.com/yakigashi/index.html

 

Re: 共通の「道」

 投稿者:とみた  投稿日:2009年11月26日(木)13時48分59秒
返信・引用
  > No.7370[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。

>近所の東海地区最大の弥生遺跡・朝日遺跡現説で
> もちいられたオオツタノハ製貝輪の分布を示したものです。 青の領域が生息域
>
> 縄文時代における移動経路は日本海側が想定されているようですが、弥生期に
> なると当地を経由して房総、そして縄文期の終着。三内丸山へと通じています

面白い話がゴロゴロ。

沖縄のイモ貝、ゴホウラ貝は貴重で、隼人が運んでらしい。加工されて貴族の装飾品になたのでしょう。
水字貝も巴形銅器として倭国から朝鮮の古代王族の墓に副葬されています。

魔よけの意味や呪具として使われています。

不思議な形の貝を神聖視したのでしょうね。
オオツタノハ貝も、不思議な形です。縄文時代から貴重な貝であったということでしょうね。


弥生時代の朝日遺跡はいつも注目しています。

清洲で竹内さんのところです。一の宮には海の民の尾張族の総本山、真清田神社がありますね。木曽川です。

古代は伊勢湾の入り江が深く内陸の入り込んでいたのでしょう。
一の宮には八王子遺跡があります。

八王子遺跡と朝日遺跡は銅鐸の古い形式のが出ています。

菱環式と外縁鈕式のものです。

朝日遺跡には松菊里遺跡(韓国の西南海岸沿いの稲作遺跡)と同じ竪穴式住居が出ています。

注目は、四国の土佐の田村遺跡です。ここも弥生時代の前期の松菊里竪穴式住居があります。

弥生前期は多分、瀬戸内海を経由せず南九州を経由して朝鮮の文化が伝わったかもしれません。

ところでQQ。

三重県の伊勢湾海岸の白子は白水郎のことだという説があります。つまり海女さんとか潜水漁撈民の本拠です。正しいでしょうか。隼人は潜水漁撈民という説もあります。

蛋民説もあります。これだと水上生活者です。南シナ海にいたのでしょう。

今年、愛知県平手町、名古屋市の庄内川沿いらしい。ここに日本一古い船形木棺が出ました。

紀元前後つまり弥生中期の遺跡です。
 

宮崎県.本野原遺跡からの合成写真

 投稿者:吉祥姫  投稿日:2009年11月26日(木)11時45分4秒
返信・引用 編集済
  私(吉祥姫)が九州の現場を訪ねた折の際の写真に様々な遺跡の画像を合成したCG写真です。
宮崎にこのような高度文明があったのかもしれません。
※注意 この写真はあくまでも想像の写真です。
背景の山は実際の宮崎県の鰐塚山です
 

Re: 共通の「道」

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年11月26日(木)07時22分28秒
返信・引用
  > No.7370[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。

> もちいられたオオツタノハ製貝輪の分布を示したものです。 青の領域が生息域

オオツタノハ製貝輪
見ようによっては天下の御旗のご紋章にもさも似たり・・・?

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

共通の「道」

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月26日(木)06時43分38秒
返信・引用 編集済
  nickさんと、とみたさんと、私の地区を共通で結んでいる共通の「道」が
存在していたようですね。 近所の東海地区最大の弥生遺跡・朝日遺跡現説で
もちいられたオオツタノハ製貝輪の分布を示したものです。 青の領域が生息域

縄文時代における移動経路は日本海側が想定されているようですが、弥生期に
なると当地を経由して房総、そして縄文期の終着。三内丸山へと通じています
 

南九州

 投稿者:とみた  投稿日:2009年11月25日(水)19時10分4秒
返信・引用
  鹿児島県・トマチン遺跡 3重構造の石棺墓を確認
縄文時代から弥生時代の石棺墓が複数見つかっている
伊仙町佐弁のトマチン遺跡で、2重構造とみられていた石棺墓が
上中下段の3重構造であることが確認された。
2004年度から調査している鹿児島大学埋蔵文化財調査室の
新里貴之助教(37)が7日発表した。
3重構造の石棺墓はサンゴ石灰岩を平積みした珍しい構造で、
縦2メートル、横0.5メートル。
昨年まで実施した上段の調査では
新潟県糸魚川産のヒスイ玉やゴホウラ貝輪、3体の人骨が出土。
中段には女性の人骨1体と貝小玉などのほか、
別の頭骨があったことから3重構造が指摘されていた。
 4日まで実施する今回の第5次調査では下段を発掘。
人骨1体とオオベッコウガサガイ10枚が出土。
あらためて3重構造が確認された。
新里助教は「墓の上に墓を作る方法が珍しい。
全国的にも類例はみられない」という。
 

南九州

 投稿者:とみた  投稿日:2009年11月25日(水)19時02分46秒
返信・引用
  nickさん
南九州も考古学的な光が射してきたようです。

下の記事を見つけました。すでにご存知だと思いますが。

鹿児島・下鶴遺跡 県内最古、国内最南端の青銅製銅戈出土
鹿児島県立埋蔵文化財センターは19日、伊佐市大口下殿の下鶴遺跡から
県内最古の青銅器「銅戈(どうか)」の一部が見つかったと発表した。
弥生時代中期前半(2200年前)で墓の副葬品とみられる。

同センターによると出土したのは遺跡北部で30基が確認された土坑の一つ。
出土品は長さ8センチ、幅3.3センチ、厚さ0.6センチで
長さ20センチ前後の本体の先端部分とみられる。
別の土坑から見つかった入来式土器や青銅器に詳しい
九州大学総合研究博物館の岩永省三教授の見立てにより、遺物の時代を判断した。

銅戈は武器形青銅器の一種で柄の先に取り付け、相手を引っかけて倒す。
県内で同青銅器が発見されたのは志布志市有明町野井倉の
銅矛(どうほこ)=弥生時代後期=に続き2例目。
銅戈は九州北部での出土が多いが、これまで熊本県山鹿市が南限で、
今回の発見により、当時に九州中北部と当地の往来があったことがうかがえる
 

Re: 機種依存文字

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月25日(水)18時22分43秒
返信・引用
  > No.7364[元記事へ]

吉祥姫さんへのお返事です。

> 管理人さんも気をつけられているようです。
> 面白いことにWindowsの機種依存文字をメールで使うとこうなるんですよ。
> 面白いでしょ。

ほんまですねぇ! 始めてみました。
こうなっちゃうんですかぁ。 やっぱ気をつけないといけませんね。
 

Re: 縄文は男優勢 弥生は女優勢 説

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月25日(水)18時21分26秒
返信・引用
  > No.7363[元記事へ]

荒尾和史さんへのお返事です。

>  「スサノオ」女という説は ありましたっけ?
そういうお話は全く知りません。 もしそうなら八重垣神社は存在しないことに?
 

Re: 秦氏 卜部

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月25日(水)18時18分4秒
返信・引用
  > No.7362[元記事へ]

nickさんへのお返事です。

> この説法で行くと、
> 「仲間割れの抗争」ですか。
> いずれにせよ、宇佐八幡は先ず
> 大隅に降臨したとあるのは興味深い。

なるほど! 海からきましたかぁ。 なるほど!
非常に面白いですねぇ。 この情報インプットしておきます。
 

機種依存文字

 投稿者:吉祥姫  投稿日:2009年11月25日(水)13時25分36秒
返信・引用
  管理人さんも気をつけられているようです。
面白いことにWindowsの機種依存文字をメールで使うとこうなるんですよ。
面白いでしょ。
 

縄文は男優勢 弥生は女優勢 説

 投稿者:荒尾和史  投稿日:2009年11月25日(水)13時12分36秒
返信・引用
   タイトルは 「だんゆうぜい」と「じょゆうぜい」ではありません。(かしこ

 月読の性別? という話題でしょうか

 「スサノオ」女という説は ありましたっけ?
 

Re: 秦氏 卜部

 投稿者:nick  投稿日:2009年11月25日(水)07時19分43秒
返信・引用 編集済
  > No.7355[元記事へ]

闇の日本史@竹内さんへのお返事です。

> とみたさんへのお返事です。
>
> > ところで、名古屋市の千種は播磨の千種と同様、鉄と関係がありますか
> 結構地元のことは良く知らないもので、この件わかりません。
>
> 鉄もそうなのですが、もうひとつ九州南部で忘れてはいけないものが。
>
>  「銅」です!
>

おはようございます。

このところ祭の連荘で、数日留守にしたら
「隼人」で盛り上がってますね。

以前、トミタさんにご教示頂いて
「貝の道」の遺跡を当地の上野原縄文埋蔵文化財センターへ
日参し、各地の報告集を精査する毎日でしたが
一昨年から唯一の足であった、国分駅からのバスが廃止になって
そのお勉強も頓挫したままです。

鹿児島神宮の伝承として

☆八幡愚童訓☆

「継体天皇の御世、
中国の陳大王の娘
大比留女(おおひるめ)が
七歳にして
朝日を受けて懐妊し、
生まれた子と共に
空船(うつろふね)
に乗せられて流され、
大隅八幡崎に着いた。

生子は
ここで正八幡となって
隼人を討ち、
生母は筑前香椎(かしい)
に飛んで
聖母(しょうも)大菩薩
となった」

=====================

この説法で行くと、
「仲間割れの抗争」ですか。
いずれにせよ、宇佐八幡は先ず
大隅に降臨したとあるのは興味深い。

大比留女(おおひるめ)を「日の神」として
アマテラスオオミ神に転化させているようですが。。

また、銅に関しては
韓国宇豆峯神社の鎮座する上流付近で産出しています。
この神社は、これらの集荷・積み出し港であったかも
しれません。

明治以前の鉱山関連は、
同じく、鹿児島神宮のページに掲載していますが、
金、銀、銅、錫 等が、近くの「牛根」と云う
地区から産出しています。

横川には世界一の金山が今も。。



☆湯之尾神舞(ゆのお かんめ)
当地では、神楽を「神舞」と呼びます。

http://hayato.com/jisya/hachiman.html

 

Re: 秦氏 卜部

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年11月25日(水)06時28分1秒
返信・引用
  > No.7353[元記事へ]

とみたさんへのお返事です。

> 中臣氏は元来、鹿卜でしょう。

鹿の角をつけた杖を持って漂泊する民がおったそうな。

鳥羽の信仰の起源(セーマンドーマンの起源)を辿ってただいま柳田ワールドを散策中。


山神さま、シャグジンさまの信仰から山系の宗教者の影響ばかりイメージしていたが
みんな山伝いに来たとは限らないかも

まだまだ柳田ワールドの散策はつづく

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

初めて知ったこと

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月25日(水)06時00分41秒
返信・引用
  こんなに長いこと調べていたのに先日のnickさんの書き込みで少々調べてみると
月読さんは殆どの地区では「男の神」だとしているんですね。
てっきり女性の神だと思い込んでおりました。 そういう意味でもnickさんの
写真は女性の面をつけてましたね。 実物を観にいってみたいものです。
 

鬼監督 木村大作先生

 投稿者:荒尾和史  投稿日:2009年11月24日(火)21時19分3秒
返信・引用 編集済
   ムービー作りの鬼 「剣岳点の記」を撮影された 木村先生 を 横目に 鬼をモチーフにした祭りの映像をもとに ムービー作りを試みる人。

 日本の伝統芸能が 未開の民族と同一視されないように、外界との接触が薄い地域で800年続く 祭り(これでもかなり簡略化された)をライブ感覚で撮る。

 海外の一部では、「日本のアイデンティティーを 野蛮と思わせたい?」という思惑もあるのかもしれませんが(おい
 そんな思惑には のらないんだぞぉ という意味での 鬼の念力が フンガー 中 ではあります(。。

http://j-net21.smrj.go.jp/watch/sanpo/entry/20080901.html

 

Re: ムービー化計画

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月24日(火)20時55分59秒
返信・引用 編集済
  > No.7357[元記事へ]

荒尾和史さんへのお返事です。

>  なんて ことはさておいて ムービー作りしないといけません 吉祥姫さんの音楽も とりいれて
>  こん週末ぐらいから すすめてみます。(でも、包丁のさばきも 怪しそうな<自分の手を切るんではないかと?>

どんなんが出来るか楽しみにしております。
YouTubeにでればいろいろな方がみえるようになりますよね。


この分だと何もご返答が無いので宮毘羅さんのお墓参り計画は駄目そうですねぇ。
 

ムービー化計画

 投稿者:荒尾和史  投稿日:2009年11月24日(火)20時42分41秒
返信・引用
   SCEJは コンピュータ [PS3]
 SPEJは ピクチャー 「THIS IS IT」
 SMEJは ミュージック 「ウォークマン」
 2文字目を縦黄泉すると
 CPM..86

 なんて ことはさておいて ムービー作りしないといけません 吉祥姫さんの音楽も とりいれて
 こん週末ぐらいから すすめてみます。(でも、包丁のさばきも 怪しそうな<自分の手を切るんではないかと?>
 人が 魚をさばくのとにたような状況ですので ご注意)

http://j-net21.smrj.go.jp/watch/sanpo/entry/20080901.html

 

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月24日(火)19時22分55秒
返信・引用
  今俄かに広まっている噂話が凄いです。

『米国家安全保障局 (NSA) の情報保証局 (IAD) ディレクタ、Richard Schaeffer 氏がこの日、米上院の小委員会の公聴会において、NSA は同社と「長年にわたる関係」を築き、政府のコンピュータに搭載されている OS およびソフトウェアを強化する上で協力しあっていると証言し、さらに、先日リリースなった Windows7のセキュリティ機能を賞賛したことが発端となった。』(yahoo News)

によって何が噂されたかというと、Windows7にバックドアがあるのではないかということです。「バックドア」は「勝手口」のことですが、コンピュータ用語で、「正規の手段ではなく自由に進入することが出来る入り口」のことであります。勿論マイクロソフト社は否定しておりますが、真偽の程はどうなんでしょう
 

Re: 秦氏 卜部

 投稿者:闇の日本史@竹内  投稿日:2009年11月24日(火)05時42分0秒
返信・引用 編集済
  > No.7353[元記事へ]

とみたさんへのお返事です。

> ところで、名古屋市の千種は播磨の千種と同様、鉄と関係がありますか
結構地元のことは良く知らないもので、この件わかりません。

鉄もそうなのですが、もうひとつ九州南部で忘れてはいけないものが。

 「銅」です!

日本でも弥生期には「銅鐸」など光物が作られましたが、突如歴史から姿を消します。
どうやらその理由は「戦争」にあったようです。 興味が光物の「銅」から戦争の道具
となる「鉄」へと変化。

南九州といえば、やはり「銅」じゃないですか。


さて月読さんは「月を読む」すまり「陰暦を操る神」という考えが主流のようです。
「暦」の上も「1月」のように、ちゃんと「月」が残っております。
 

Re: 三河あなどれん!

 投稿者:村崎樹里  投稿日:2009年11月23日(月)22時53分52秒
返信・引用
  > No.7343[元記事へ]

村崎樹里さんへのお返事です。

> 和歌山県に「野村万之丞」が居たことともなんとなく繋がっていく。。。

柳田國男『遠野物語』に出てくるのも「万之丞」なのね・・・
やっぱ祭祀(舞)系なのか・・・?

http://picasaweb.google.co.jp/myon.yanenka/QURFSE?feat=directlink

 

秦氏 卜部

 投稿者:とみた  投稿日:2009年11月23日(月)21時15分56秒
返信・引用
  竹内さん、お母様が池田の病院へ入院されたとのこと。ご心配ですね。
池田山は、大垣から新幹線でよく見えますね。名古屋も大分変わりましたでしょう。岐阜などは柳瀬など昔の面影もなく錆びれていますよ。

壱岐の卜骨は大分調べておりますが、あれは亀卜ですね。

中臣氏は元来、鹿卜でしょう。神祇官として伸してくるために、亀卜の卜部も取り込みました。6世紀以降、宮廷卜部は天神寿詞で主導権を持ったようです。

卜部の分布は海に臨んでいます。

中国の海亀を用いる卜が、伝わったのでしょう。中国の亀卜は華北の古高文化が源流とされています。

雪連宅満という遣新羅使の随員で持衰とは納得ですね。船が安全航海できないと殺されますね。

兵庫の宍粟郡千種に天児屋鉄山があるのですか。これは知りませんでした。

宍粟郡は伊和神社があるところ、天日矛が伊和大神と戦ったところ。秦氏が絡んでいそうですね。平野邦雄さんは秦氏の研究で、播磨の西部は秦氏の倭鉄、播磨の東部は漢氏の韓鉄と分かれるとされています。

因みに、加古川の上流は三木市ですが、481年に縮見の屯倉が造られました。

鉄の屯倉です。この辺りは百済の聖明王が新羅に敗れて恵王が554年に鉄人も率いれてやってきます。

忍海部細見が多分、工人の親分でしょう。忍海は葛城山東麓に鉄工人として入植しています。

秦氏はいろいろな部民の総合でしょうが、松尾神社に縁があり松室が本名とは知りませんでした。

壱岐原の辻の建物も興味がありますね。ホゾ穴ですか。棟持柱があったようですが、この柱は何処が発端でしょうか?

阿閉氏は阿部の一族ですね。これも面白いと思っています。私は伊賀に関係があると読んでいるのですが。

下野も薬師寺があって謎ですね。上毛野は車持で鎌足や不比等と関係がありそうです。中河内や山科にいる百済渡来民の田辺氏が絡んでいそうです。

ところで、名古屋市の千種は播磨の千種と同様、鉄と関係がありますか
 

以上は、新着順61番目から90番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  |  《前のページ |  次のページ》 
/9 


[PR] アンチエイジング