吉祥姫さんへのお返事です。
> 私(吉祥姫)が九州の現場を訪ねた折の際の写真に様々な遺跡の画像を合成したCG写真です。
> 宮崎にこのような高度文明があったのかもしれません。
> ※注意 この写真はあくまでも想像の写真です。
> 背景の山は実際の宮崎県の鰐塚山です
闇の日本史も以前こんな注釈を付けて掲載させていただきました。
仮に本当に祭壇が有るとすれば、どれほどの高さのものであったろうか?
では計算してみよう!
A’
| \ 本野原(B)から鰐塚山の山頂から地表面に
| \ 垂直な線を降ろした地点(A)からの距離
| \ 直線A−Bは地図上では約6.5KM、
A=====B 鰐塚山の標高(直線A’−A)は1118mであるから、
(1.118÷6.500)=tanθ
θ=tan-1(1.118÷6.500) =9.759度
つまり本野原から鰐塚山の山頂は地上から約10度の位置に見えるということになる。今度は土抗列の全長は40mあるから、
(X÷40)= tan(10)
X = 40×tan(10) = 7m
仮に山頂と地上の中間点を目指すのであれば角度4.5度、地面からの高さ3.5mになるのである。