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六角菓子皿

 投稿者:しゅう  投稿日:2012年 5月17日(木)22時19分44秒
編集済
  昨年の文化祭前に焼き上がった六角菓子皿の写真を
アップする。
この菓子皿の製作途中の経過については
既に昨年書き込みしたので、今日は焼き上がった後の六角菓子皿について
書く。
素焼き前の白化粧液塗布は、その時点では渦巻きをキレイに描けたと思ったが、
素焼きすると、雑になり、薄汚く見えてしまった。
道具の筆が悪かったか、白化粧の濃度がうすかったのか、はっきり掴めないでいる。
生乾きの素地に刷毛でつけるのは、コツがあるらしいが、自分には分からずしまい。
いい刷毛だと、たっぷり白化粧液を含ませる事はたやすい。
また、白化粧液を適当な濃さにすると一筆すべらせるだけで分厚く塗布出来る。
この二つが良い具合に掛け合わてこそ、十分な濃さでキレイに出来ると思う。
次に、転写紙の転写について、ひとつ失敗してしまったので
今後の教訓の為に書き留めておきたい。
丸二陶業に事前に教えてもらったのだが、いざ実際にやってみると
思わない所で失敗した。もちろんその次からは気をつけて転写したので
案外上々にできた。
水を堅く絞ったスポンジをあてて転写する手筈だったが、最初の時は強くキレイに転写したいという
気持ちが働きすぎたが故、押しつけるべきの所を手が勝手にこすりつけるように動いてしまった。
転写紙の支持体ベースになっている紙がこすり破れて、その下にあった図柄がかすれたのだった。
幸いな事に、範囲が小さくすんだのでそのままにし、次からは意識して押しつける事に徹してきた。
上記の2点がその時の反省どころである。
粘土は信楽赤土(荒)、釉薬は土灰釉(内側杓掛け、外側浸し掛け)。
白化粧は刷毛塗り。図柄は転写紙使用。酸化焼成。幅200×高さ57ミリ。
平年23年9月焼成。
 
 

藤城清治の影絵展を見て

 投稿者:しゅう  投稿日:2012年 5月16日(水)22時18分30秒
編集済
  陶芸とは直接関連のない事だが、5月6日に奈良県立美術館へ行って来た。
開催中の「藤城清治 影絵展」を鑑賞して、その素晴らしさに感激する。
切り絵の一種でもあり、サブタイトルの「光と影のファンタジー」の通り
後ろ側から投光して切り絵を浮かび上がらせる影絵の美術のもの。
インドやインドネシアの影絵芝居のようなものを更に色をつけ、カラー化していて
見る観客の目を強烈に引きつけている。
作者は影絵、切り絵を作成するのに使用する片剃刀を勢い付けるようにして
紙を切るようだ。だから影絵を近く見ると、切断跡が所々はみ出しているのがわかる。
つまり、きれいにとか、丁寧にとかでなく、気持ちそのまま紙に
ぶつけながら勢いをつけてスパッスパッと切っていったような切り方だった。
会場ではレプリカ展示作品が混ざっていたが、実物の方ではすごく大きなサイズだという。
会場にもちこむのは不可能な位大きいのだ。寸法にしたらある作品は縦9×横15メートルだという。
この作品制作に用いた片剃刀はなんと5万枚におよんだと・・。
気の遠くなる膨大な数の片剃刀を片っ端から使い込んでいった作者の精神力に感銘をうけた。
丁度、棟方志功が版画に彫刻刀を当てて彫る姿を連想させられる。
目が少し不自由な為、彫ろうとする版画に覆いかぶさるようにして掘り続ける姿には
おぞましさを覚えた。
藤城清治の写真からは優しそうな眼差しをしていたので、まさか棟方志功のような
体ごとぶつけるような制作姿は呈しないとおもう。
世界の童話を影絵で表現する、作者の能力はまさに超人的である。
作品をまえにして、自分の精神が浄化されたような気分になってしまう。
すばらしい作品に触れる事ができて、幸運だった。
見終わって、ヒントになったのか、陶芸にふと思いついた事があり、早速実行に移した。
昨日アップした写真の一番下側の明かり器で、フラワーペーパーを内側に巻いて置き、
そして背後からランプ光を当てたのである。陰はないものの、光で浮かび上がる図柄は
どこかファンタジーを感じさせられるのでは、と自分はそう思っている。
 

明かり器の透かし彫り

 投稿者:しゅう  投稿日:2012年 5月15日(火)20時38分25秒
編集済
  昨年の8月以来の書き込みになってしまったが、
先日、明かり器が出来上がったのでアップしてみた。
これまで透かし彫り作陶を何度かしてきた。どれも
図柄がやや小さく、どこか弱々しい感じがあったのは
否めない。また以前に糸井先生からも大胆にとアドバイスを頂いた。
こういうこともあって、今回の透かし彫りは「大きく」を
前面に出せるように心掛けてきた。
ただ、やみくもに大きく透かし彫りすることは避けたいので
この点に注意しながら図柄を設定していった。
また、一部分は変化を付ける意味で違ったデザインを入れてみた。
使用した粘土は備前赤土で、釉薬は白釉8号を浸し掛けにて掛けた。
高さ23センチあり、一度に浸し掛け出来るように直径小さめのバケツに
移して液面のかさ上げをしないといけないので、そのようにしてきた。
その甲斐もあって、一度で全体を沈める事が出来た。しかし、
そのあとたまりが滴りになり、流れ落ちたのだった。
やり直そうと思ったが、広範囲にわたり大変な労力を払わなければならないので
そのままで行く事にし、ムラとして残ったたまりをカキベラで削り落としたり、指先で
こすったりするなどして、なんとか全体がムラなく均一な厚さになるように加減してきた。
焼成は還元焼成にした。酸化焼成も良いとされるが、今回は白釉の白さをいくらか
落としたい意図があったから。酸化焼成の白釉では白さが強調されてしまうと
思ったのが理由の一つ。サイズ横230×奥行き150×高さ230ミリ。
内側に黄緑色のフラワーペーパーを巻いている。花屋で60センチ角を40円で分けてもらえた。
 

「左馬」の由来

 投稿者:しゅう  投稿日:2011年 8月 2日(火)22時28分47秒
編集済
  「左馬」の由来についてネットで調べてきた。
将棋駒で有名な山形・天童市のホームページから抜粋コピーして、ここに貼り付けし書き留める。
1.左馬は「馬」の字が逆さに書いてあります。「うま」を逆から読むと「まう」と読めます。
 「まう」という音は、昔からめでたい席で踊られる「舞い」を思い起こさせるため、
 「左馬」は福を招く縁起のよい駒とされています。
2.「馬」の字の下の部分が財布のきんちゃくの形に似ています。きんちゃくは口がよく締まって
 入れたお金が逃げていかないため、古来から富のシンボルとされています。
3.馬は人がひいていくものですが、その馬が逆になっているため、普通とは逆に馬が人を
 ひいてくる(=招き入れる)ということから商売繁盛に繋がるとされています。
4.馬は左側から乗るもので、右側から乗ると落ちてしまいます。そのようなことから、
 左馬を持つ人は競馬に強いといわれています。
以上。
 

左馬作陶品、焼成終わる

 投稿者:しゅう  投稿日:2011年 8月 2日(火)21時56分41秒
編集済
  先月11日の新窯炉納入設置、試運転、19日の素焼き初窯入れ、22日の素焼き出しの
各工程を経て、29日に酸化焼成が始まった。
そして今日朝9時、酸化焼成の初窯出しが行われた。運営委員の担当者がしてくれたようだ。
午前11時半頃、窯室へ行きラック棚より自分の作陶品を手に取ってみた。
心配していた「左馬」の文字が意外にもキレイに残っていたので、喜びが倍増してきた。
以下に作陶経過や留意した点などを記する。
この「左馬」ペン立ての作陶品は手作りの味わいを出す事に心掛けた。
粘土成形の時「キレイに」「美しく」を極力意識しないようにしながら作陶してきた。
また白化粧土を刷毛で塗布する際、わざと塗りむらを目立つようにしたり、円筒の側面に
櫛の歯で傷を付けたりするなど、拙さを強調してきた。
それは良しとして、素焼き後の左馬の文字入れは特に気遣った。
あまり文字入れがまずかったり、また下手すぎるとせっかくの作陶品としての品格が
なくなってしまうと思い、文字だけはキレイに、また力強く書くようにしてきた。
釉薬掛けは乱雑に、かつ乱暴に掛けるようにし、そして何回も重なるように杓にて釉薬掛けした。
しかし「左馬」文字の一部分が釉薬を弾いて付着せず、ゴス下絵具の一部が露わになってきた。
これはまずいことになったなと思い、やや焦せ気味になってしまう。
真上から直に露出部分へ目がけて落とすようにザブザブと釉薬掛けを数回行った。
いかにも滅茶苦茶なやり方だったため、文字の下絵具が流れ出し、滲んでしまった。
「あっ、やり過ぎたか」と悔いたが、後の祭りだった。
水で洗い流して、もう一度やり直そうかと思い悩んだが、
以前にこれに似たケースに出くわして、やり直しした為、ますますダメな結果に
陥ってしまう失敗があった。この際、このままで焼成にいれようと決断した。
そして、くよくよと思い巡らす事はやめようと自分自身に言い聞かせてきた。
今日焼成の終えた作陶品を手に取ってみて、あの決断は正しかったと喜んだ次第。
今回の作陶において、特筆すべきこと2、3ある。
使用した粘土は「紫香楽土」。赤土系と思っていたが、違っていた。
カタログでは、白土の類に入っていたが、そうでもなかった。白味の強い赤土だと言っていい。
つまり白系の黄土色に属する粘土だった。
釉薬は土灰釉を使ったが、これでもかと何回も乱雑に掛けたのに焼き上がった硝子質の表面は
きれいだった。ただ文字の部分に一部荒れた所があったが、ノープロブレム。
焼けムラや縮れは見られなかった。土灰釉はこれほど扱いやすい性質を持ち合わせているようだ。
のちに、この作陶品を、前にして姉から一つ批評をうける。
「草」の図柄、小さすぎて弱々しい。大きく強く描くのだったのよ……と。
まさにその通りだった。強く大きく描くのだった。反省。
高さ90×横135×奥行85ミリ。
 

新窯炉、試運転終える

 投稿者:しゅう  投稿日:2011年 7月17日(日)22時36分17秒
編集済
  新窯炉設置が無事に終え、その次にすぐ試運転の為パワーオンしたようだ。
今日17日、行ってみたら既に試運転が終わり、炉内の温度が40度位に下がっていた。
窯炉の扉を開けてもいい頃だが、担当でないので、迂闊にもさわれない。
初窯用の「左馬」作陶品はラック棚に数多く置かれていた。
茶碗が圧倒的に多く、中には将棋駒に左馬の文字を彫ったのもあった。
これら作陶品は今度の19日に素焼きの窯入れで新窯炉に入る予定であり
初窯に備えて、ただひたすらに待っている作陶品群。
しっかりと無事に焼けてくれと祈るばかり。
 

炎暑下の新窯設置工事

 投稿者:しゅう  投稿日:2011年 7月11日(月)22時11分50秒
  数日前(8日)の梅雨明け以降、連日炎暑が続いている。
暑苦しく、強烈な日差しが容赦なく浴びてくる。
今日も前にも増して暑く、汗がどんどん噴き出してくる。
こんな炎暑の下、町の窯場で新窯設置工事があった。
どのように重量のある窯本体を運搬するか、興味があって
今朝9時半頃、行ってみた。
既に丸二陶料の人が3人来ていて、配電盤取り付けと窯炉下のレール取り外しを
始めていた。
そこから3時間、作業を眺めてきた。作業の邪魔にならないよう、
離れた所で見ていたが、自分の存在がうるさく思われたかと思う。
しかし、どう思われようと、この旧新機交代の瞬間を脳に刻み付けたい気持ちが強く、
とうとう新窯設置工事の終始を見つめる事が出来た。
窯室出入り口の真上に電線があるため、運搬工事が難渋した。
工事人の頑張りや、知恵を振り絞るなどして
12時半ごろに無事に窯室の中へ収まったのであった。
拍手喝采である。ホントにご苦労さんであった。
 

角皿、二回目の本焼き

 投稿者:しゅう  投稿日:2011年 6月23日(木)22時34分24秒
編集済
  今日、町の窯場へ行って来た。
窯炉は、還元焼成の最中でガス炎が勢いよく窯炉の中へ吹き込んでいた。
この時点、丁度正午なので、ガス入れから3時間しか経っていない。
窯炉内の炎はまだ充満していないらしく、そのため栓がそのままになっていた。
充満した時点で栓を抜く段取りになっているから、あと1時間すれば抜くのではないかと思う。
それはそうとして、この還元焼成はこの窯炉では最後の本焼き焼成になるはず。
次回の焼成は7月始めに予定されている素焼きで、その後は
新窯炉設置工事(7月11日)が始まる手はずになっている。
この最後の本焼きに一頑張りしている窯炉にご苦労様と言いたい。
さて、昨日酸化焼成本焼きを終えたばかりの作陶品角皿を手に取り、
持ち帰った。
この角皿は前回の本焼きに更に修整を加えて、二回目の酸化焼成に出したもの。
一回目のは還元焼成だったが、二回目は強い窯変を求めず、ごく普通にということで
酸化焼成に回してきた。
焼き上がった角皿の出来は少々前より良くなったと、自分なりに納得している。
使用釉薬は松灰釉で、刷毛塗り。白部分は一回目の時は白マット釉を、二回目の時は
白釉8号を釉薬ポンドと混ぜて竹刷毛と筆で塗りつけた。
地釉の松灰釉の色が白系の上釉へ染まってしまい、肝心の白さが弱まってしまった。
写真上、中は一回目の還元焼成後の角皿。写真下は二回目の酸化焼成後の作陶品。
どちらが良いかは見ていてもわかる通りに、白線がポイントなのではないだろうか。
 

新窯炉導入設置日、決まる

 投稿者:しゅう  投稿日:2011年 6月18日(土)20時58分48秒
編集済
  6月第二例会に出席し、室長Eさんより連絡事項の説明をしてくれた。
新窯炉設置について、いよいよ具体的事項が決定した。
7月11日に窯室内において新窯炉設置工事が行われる事に。
楽しみにしていた新窯炉、とうとう決まって良かった。
初窯(7月19日)に「左馬」など縁起物の作品を入れる事も決まり、いま陶芸同好会は
それぞれ新作陶にかかっている。
ボクはここ一週間考えあぐねた末、「門松風のペン立て」に決めて
早速作陶し始めた。
粘土は昨年秋の研修バスツアーに寄った信楽にて、陶芸材料販売店「丸二陶料」より
お土産にもらった紫香楽粘土を使ってみた。ハタキ土40目。
この粘土の特性というか、粘度が低くその上、粒が粗くて
ナイフや針でカットすると、切断面がざらついてくる。竹べらのカットではキレイに切れた。
扱いにくい粘土だが、使いようによっては味のある陶作品が出来るのではないか。
でも、今回の作陶は普段通りにして行きたい。
粘土のタタラを4枚(厚み5ミリ)作り、うち3枚を円筒に仕上げる。
残った一枚のタタラを土台にし、3本の円筒を門松風に配置し、ドベで固定した。
そして3本の円筒を取り囲むように土台のタタラを形よく切り落とす。
最後に円筒に変化を付けるため、ズジを入れて、乾燥段階に。
素焼き後、「左馬」の文字を書き入れたい。
以下は運営委員会(第三回)よりの主な連絡事項。
 ○7月11日に業者の車が入るので、作品は全て置かないようにする。
 ○初ガマに左馬等の作品を入れるのが多いと予想しているので、
   1.専用の日程を決める予定。(日は未定)
   2.各班へプレート2枚割り当て(ツクの目盛り16目を2等分の高さに入る位の
                  小物を各班で調整する)
 ○上絵について 今年は上絵の焼成は行わない。
 ○文化祭は10月29日(土)、30日(日)に決定。
 ○研修バスツアーは実施する。場所、日付はD班が担当する。未定。
 ○東北大震災義援金の件 5月16日に日本赤十字へ10万円寄付。
 ○窯場の棚板が劣化の為、町へ申請予定。
 ○スプレーが再故障の為、昔の霧吹きにコンプレッサーの風を吹き込む方法の物を購入予定。
 

転写紙の使い方、教わる

 投稿者:しゅう  投稿日:2011年 6月 5日(日)21時49分24秒
編集済
  6月第一例会に出席し、ほぼ一ヶ月ぶりの陶芸を楽しんできた。
前回はのどを痛め、熱もあったので欠席した。医者の診断では感冒性気管支炎だという。
お薬を処方してもらい、3日ほどで回復した。
さて、今回は花入れを作陶してきた。最初のうちは電動ロクロで円筒を挽き、
およそ2時間後、素地が少し安定して来たのを確認し口縁を目分量で六等分し、
縦の上から下までスジを入れて6角形に変形させた。
次に口縁や6本の縦スジそれぞれに肉付けさせるように粘土を盛り付け、
縦スジの肉付けのところは指でつまむようにして上から下まですぼめた。
すぼめる時、心がけたのはキレイさを追い求めずに、粗雑になるようにしたこと。
土器の味がにじみ出るようにと。
粘土がまだ柔らかいので、ドベは使わず。
そうやって後は高台の削りのみという所まで全部やり終えてきた。
次回の例会まで乾燥しないようビニール袋に包んで教室内のラック棚に置く。
昼前に丸二陶料の○井さんが来られ、転写紙商品のセールスをしていた。
多様多種の転写紙が並べられ、皆がそれぞれ物色し、自分も
何か良さそうなものはないかと、目を皿にして見てきた。
丁度いい具合にいま、六角形の鉢皿を素焼き棚に置いている所で、
図案を入れるのに、どんなのがいいかと、考えあぐねているところ。
ホントにいいタイミングで、いい機会だった。
沢山の転写紙のなかから、めぼしい図案を見つけ、早速代金360円を支払って手に入れた。
しかし肝心の使い方が分からなくて、○井さんに尋ねてみた。
メモに書いてもらうなりにして、教えてくれたが、完全に理解したかは、一寸
不安だった。やはり実際に転写する所を見ないと、分からないのである。
折良く、Nさんがしきりに実演して欲しいと頼み込み、当の○井さんに
転写紙の転写実演をして頂けた。
転写はあまりにも簡単に、あっさりキレイに転写していったのだから、非常に驚いた。
端から見ていて、感心しきりだった。こうして転写紙の使用法を完全に理解出来たので
心強く思えた。
Nさんの強い希望のお陰で実演してもらえたので、Nさんに感謝、感謝である。
備忘のため、手順を書き留めたい。
  1.転写しようとする陶作品(素焼き)の表面をスポンジで濡らす。
  2.転写紙の表面を直接素地に当たるように伏せる。つまり転写紙を裏返すようにして
    当て、動かないように紙の縁を指で固定する。
  3.水を固く絞ったスポンジを上から当て、やや弱く押しつける。(脱脂綿はNG)
  4.十分水が素地にしみこんだ時点で転写がされてしまうので、図柄が擦れないよう
    紙をそっとはがすように取り外す。
  5.以上の工程で濡れた素地を乾燥させるまで、放置する。
  6.乾燥後、釉薬掛けする。
なお、白化粧の素地でもオーケーとのこと。
以上である。
下の写真は前回本焼き済みの陶作品に少し部分修整釉薬を追加したもの。
陶作品本体の真ん中に薄ら緑色の円形が見える。これが部分釉薬修整した所。
修整した釉薬は織部釉で、釉薬ポンドを混ぜ込んでつけたもの。
本焼きを2回したためか、釉薬の白色の度合いがやや弱まったようだ。
当初きつかった白さが和らいできて、修整して良かったと喜んでいる。
 

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