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あけましておめでとうございます

 投稿者:科野太郎  投稿日:2005年 1月 3日(月)17時44分34秒
  あけまして、おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
 
 

また見つかりました

 投稿者:科野太郎  投稿日:2004年 9月11日(土)09時14分39秒
  村石さんにも見つかりましたか。密かに潜行していたつもりですが、最近あちこちから問い合わせがあり、じわじわ広まってきたかな・・・などと思っています。なにとぞよろしく。  

お世話様です

 投稿者:村石メール  投稿日:2004年 8月29日(日)17時31分36秒
  科野太郎様、このようなサイトがあるとは思いもよりませんでした。日記も拝見させていただきました。今後も愛読者にさせていただきたいとおもいます。10月2日からの企画展にも是非おいで下さい。それでは。。。。  

阿蘇氏系図について

 投稿者:百瀬  投稿日:2004年 6月 9日(水)13時24分28秒
  科野太郎さん、長文のお返事をありがとうございました。
私が自分の中で疑問視していたのは、倉足の弟・乙頴が上社の大祝になったという
部分です。
金刺氏の方は、実際に阿蘇氏と何らかのつながりがあることについて検討の余地が
あるということですね。
ちなみに私は『長野県の歴史』(塚田正朋著、山川出版社)の昭和49年第1版発行の
第11刷(昭和62年6月1日発行)を持っていますが、非常に情報量が多く気に入って
います。
ただ情報が古くなっている部分があると思うので、新版を買おうと思っています。
どうもありがとうございました。
 

百瀬さんへ

 投稿者:科野太郎  投稿日:2004年 6月 6日(日)12時10分48秒
  書き込みありがとうございます。系図に関する歴史資料としての扱いはたいへん難しいものがあると思います。私は系図の「偽作」という表現は用いていませんが、異本阿蘇氏系図が地元の阿蘇家に所在が確認されず、また豊富な阿蘇家文書にも関連する記事のみえない今のところ他に類本のない孤本であることが問題だと思います。なお論者には「偽作」説を唱える方もおりますが、「先代旧事本紀」の「国造本紀」では科野国造は神八井耳命の後裔ということになっていますし、貞観5年には諏訪郡人の金刺舎人貞長が大朝臣へ改姓することを認められていますから、少なくとも奈良時代以降、多(大)氏と金刺舎人氏を含む科野国造(一族)が多氏の系図の中に位置づけられるような状況があったと考えられます。諏訪社神官家は金刺舎人氏に系譜をもちますから、奈良・平安時代頃には多氏の一族であるという認識があった(そういう系譜と考えられていた)ことは否定できないものと思いますが、いつそうした系譜がつくられたかと言う点は今後さらに解明する必要があると思います。考えられる契機のひとつとしては、壬申の乱の際に活躍した「多臣品治」と、壬申の乱で活躍した「信濃(科野)兵」との関係を考え、この時に信濃兵を率いた科野国造家(金刺舎人氏)と多氏とのつながりを考える説もあります。いずれにせよ、「異本阿蘇氏系図」を「偽作」と一刀両断で切り捨てる前に、諏訪地方に残されている諏訪社神官家に関わる系図を含め、総合的な検討が必要と思います。ただ、確実な資料にもとづいて史実を論ずるという歴史の資料としては、現時点ではその取り扱いに注意が必要であるということだと思います。  

「信濃古代史の通史叙述をめぐって」について質問

 投稿者:百瀬  投稿日:2004年 6月 5日(土)22時55分54秒
  はじめまして。百瀬と申します。
諏訪大社大祝家の出自について調べていて、ネット上で「信濃古代史の
通史叙述をめぐって」を見つけて読ませていただきました。
その内容について、ひとつ質問させていただきます。
上記の中で、阿蘇氏系図は偽作だということが決定的になった旨の
記述がありますね。
このことは、諏訪大社大祝家の諏訪氏と金刺氏の出自が阿蘇氏(多氏)に
つながるということが、まったく当てにならなくなったという理解で
良いのでしょうか?
ある本では、上社・下社両社の大祝家が阿蘇氏につながることが
阿蘇氏の系図によってほぼ確実になったような書き方をされていて、
自分では疑問をもちつつも、ほとんどそれを信じかけていたところでした。
以上、お暇な時に回答の方よろしくお願いします。
 

考古学講座「祭祀に使われた道具」

 投稿者:川崎保メール  投稿日:2004年 6月 3日(木)12時47分2秒
  管理人様 いつもお世話様です。
ちょっと宣伝させてください。

長野県立歴史館平成16年度第2回考古学講座
講師:長野県埋蔵文化財センター桜井秀雄調査研究員
日時:平成16年6月19日(土)午後1時半~3時
場所:長野県立歴史館講堂
資料代:200円
内容:古代日本人の信仰の特徴を遺跡に探る。
   信州はまつりの遺跡の宝庫。
備考:講座終了後、春季展「神がみへの願い人びとの祈り-古代のまつり-」の展示解説を行います。
   当日の飛び込みも大歓迎ですが、資料などの準備の関係から事前にお名前、連絡先を下記までお知らせいただけると幸いです。
詳しくは、長野県立歴史館考古資料課まで
電話:026-274-2000(代表) 274-3992(直通)
メール:mail@npmh.net


http://www.npmh.net

 

みんなの○○遺産(案)完成

 投稿者:科野太郎  投稿日:2004年 5月19日(水)20時59分39秒
  ひらりんさん、お世話になりました。やっと日の目をみました。またご意見ください。  

何を目指すのか

 投稿者:科野太郎  投稿日:2004年 2月14日(土)22時00分44秒
  某先生曰く、「林先生の後は大分年は離れているが、僕らなんだよ」、それを聞いていた私は”某先生の後はもしかしたら僕ら”という強迫観念にとらわれた。今の時代、大きな目標や理念を語ることを憚る雰囲気が支配している。でも、文化は理念や理想を語ってこそ文化なのだ、そう声を大にして言いたい。ひらりんさんに同感です。  

無題

 投稿者:ひらりん  投稿日:2004年 2月10日(火)23時36分32秒
  長野県文化財保護審議会の日に元会長がお亡くなりになるとは・・・。そして、きょうは県考古学会のご意見番でいらした林茂樹先生もご他界されたとの報が・・・。先生が心血を注がれた神子柴遺跡の展示会を長野県立歴史館で開催中です。大先輩達が築かれた文化財保護行政や地域史の道を確かに継承して行かなくてはと、身が引き締まる思いです。合掌  

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